インタビュー

学生インタビュー

Dinh Thi Mai Huongさん
(ディン ティ マイ フン さん)
比較文化学科4年 ベトナム ナムディ省出身
ディン ティ マイ フン さん

日本の教育文化を学ぼうと、都留文科大学へ留学

ハノイ市の高校を卒業後に来日し、日本語の勉強をしてから入学しました。留学のきっかけは、『窓ぎわのトットちゃん』を読み、日本の教育に興味を持ったことです。

都留文科大学は先生との距離が近く、気軽に相談しながら、自分の学びたいことを広く深く学ぶことができます。比較文化学科には文化の視点で考える授業が多く、当初の目的だった日本の教育だけでなく、肌の色や価値観、宗教などが異なる人々が共に生きていく社会を実現するためにはどのような教育が必要かといったことも学べました。また、英語や他の外国語もをしっかり勉強でき、期待以上の成果を得ることができました。

将来はベトナムに帰り、保育園を作りたい

ゼミで外国人家事労働者問題を研究したことをきっかけに、日本在住の外国人の日本での生活をサポートするNPOで、インターンを始めました。現在問題になっているトラブルの多くは、知識と理解の不足が原因。教育の重要性を感じます。都留で多くの人に助けてもらったので、今度は私が誰かを助けたいと取り組んでいます。

卒業後は、海外で保育園事業を展開する日本企業へ就職します。そこで、幼児教育や日本に暮らす外国人とその子供達がうまく日本社会に入っていくためのサポート業務に携わり、学びを広げ、将来はベトナムに帰って保育園を作りたいと思っています。

私が都留文科大学を選んだ理由
都留文科大学の比較文化学科ならば、日本の教育制度や文化について学びながら、出身国や世界の教育についても広く深く理解できると期待しました。

※インタビューは2017年7月に行ったものです。

卒業生からのメッセージ

学校法人静岡日本語教育センター 専任教員
松本 裕典さん
比較文化学科2011年卒業

日本の大学や専門学校への入学を目指す外国人のための日本語学校で、専任教員として活躍中の松本さん。原点となった都留での日々を、常に友達が身近にいて、街全体がキャンパスのようだったと、愛おしそうに振り返りました。

松本 裕典さん

日本語教員として
経験を積み成長していきたい

入学後、学生便覧で見つけた「日本語教員養成課程」を副専攻に

私は今、日本語教員をしています。この仕事を知ったのは、入学直後のガイダンスでした。「おもしろそうだな、やってみようかな」。当時の私には目標がなかったこともあり、日本語教員養成課程を副専攻に。日本語を客観的に解説したり、分解したりする授業がおもしろく、夢中になりました。そして、留学生の日本語の授業でTA(ティーチング・アシスタント)をしたり、留学生に日本語を教えるサークルを立ち上げたりするなかで、気が付くと本気で日本語教員を目指すようになっていました。

卒業後は早稲田大学大学院で専門的に学び、日本語教員となる

先生方に相談したところ親身に進学を勧められたことから、卒業後は早稲田大学大学院へ。修士課程を修了後、現在の学校に就職しました。以来専任教員として世界各国から来日する留学生に日本語を教え、クラス担任として進路や生活の悩み相談に乗るなど、忙しくも充実した毎日を過ごしています。

グローバル化が進む現在、日本語教員の活躍の場も格段に広がっています。今後私も海外や大学、企業などでも経験を積み、成長していけたらと思っています。

内定者インタビュー
和田 朋子さん
比較文化学科4年
和田 朋子さん
(青森県出身)

株式会社 東奥日報社に内定

私の就職活動は、卒業生との交流・懇親会への参加から始まりました。どのように考え進路を選んだかという先輩方のお話は、とても参考になりました。また、いろいろな企業を見ることができるのも今だけだと考え、インターンシップには、あえて志望とは異なる業界の2社を選びましたが、働くということが具体的にイメージでき、新商品開発やグループワークなども体験できたので、とても良い経験になりました。

また、いろいろな角度からの自己分析にも時間をかけました。一人で深く探究できる仕事が向いていると気づく一方で、民俗学に興味があったことから、地元に戻り、人や文化に関わる仕事ができればとも考えました。その上で間口を広く取って検討した結果、選択肢の一つとして挑戦したのが、東奥日報でした。

青森には、独自に発達した有形無形の貴重な文化が数多く残っています。せっかく新聞社に就職できるので、廃れてしまう前に、詳しく調査し、文章にして残したいと思っています。

内定への道のり

内定への道のり

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都留文科大学