留学生活に何を思い、何を得たか

比較文化学科 村田 良平さんの留学体験談です。

カリフォルニア大学アーバイン校派遣

留学生活を自分自身の生活でどこに位置付けるかはそれぞれによって異なります。しかし、共通して言えることは国こそ違っても「学生」という基盤を以って生活すると言うことです。

日本でよく「自分自身の方向性をしっかりと捉えなさい」と言われるように、留学時にも目的を以って生活しない限り、何も得るものはありません。目的についてですが、最初から一貫する必要はありません。生活環境が変われば今までとは異なる価値観に触れ、異なる思考を行うことが出来ます。なぜ私が留学体験記執筆に際してこのように書き始めたかと言うと、近年「とりあえず」「行けば何か変わる」などと不明確な目標を設定し、海外へ飛び立っていく学生が目につくからです。確かにそれらの目標はきっかけにこそなりますが、発展させない限り充実した留学生活が送れるようには思えません。
「向こうで見つける」という声もよく聞かれますが、必ず見つかると言う保証はどこにあるのでしょうか。この体験談を通して、なぜ留学してその結果何を得たか、また、価値観はどのように変わっていたかという問いに対して答えていければ良いと思っています。

渡米前、留学当初の目的は渡米前に取り組んでいた研究の一部である「グローバル化」という現象に対しての現地学生の意見を聞きたかったというものでした。かつて「グローバル化=アメリカ化」とも言われていたようにアメリカ文化の諸外国への流入が顕著に見られたため、文化を輸出する側に立つ人々の意見・価値観に触れてみたいと思っていました。
「文化」の中でも特に「英語」の世界的広まりに興味があり、自分たちが使っている言語が世界中で血眼になって学ばれている状況に対してどのような解釈を持っているのかを明らかにしようとしました。社会現象・文化現象として英語を扱っている授業は少なかったのですが、その関係の授業は出来る限りとって少しでも多く学ぼうとしました。
授業を取る以外でも知り合いになった現地の学生に「英語」の広まりについて話し合う機会も設けようと努力しました。これらを通して「グローバル化」という現象に対しては「それぞれの国は独自の文化を尊重するべきだ」といった文化相対主義の視点を取るにもかかわらず、言語に関しては「英語こそが世界で生き残るための手段だ」という自文化中心主義の視点が見られました。
このように文化認識に対して分野毎に「ねじれ」がみられたのはアメリカにおける「グローバル化」解釈を把握するうえで非常に興味深いと思った一方で、英語の広まりを肯定していては結局のところ自文化を広める動きに加担するのではないかという疑問に思いました。この疑問は卒業論文、その後の大学院での研究へとつながっていくことになりました。

住む場所が変われば価値観も変わると前述しましたが、留学生活を通して、自分の内面が変わっていくのを感じました。渡米前までは物事をはっきり言えない、自分の意見を覆い隠してしまう所があったのですが、アメリカと言う自己主張が強い国で生活していく内に、自然と思ったことを言おうとする姿勢が身に付いていきました。この姿勢は現地での学業、生活を大きく変えました。学業の面では、積極的に質問できるようになりました。留学当初は聞く一方で分からないことなどは自分で解決しようとしていました。
しかし、姿勢を身に付けてからは授業中に発言しないまでも、授業前や授業後に教授や学生に理解できなかった点を質問して、授業の内容を出来る限り理解しようと努めました。前段に示したような調査も生活の面では日常生活や交友関係などにおいて、誰かの提案したことに従う、またはついていく一方だったのが、自然と自分の思うことを臆することなく言えるようになり、大勢の人に対して物事を提案できるようにもなりました。
例えば、現地で剣道部に所属していたのですが、練習方法を部長、部員に提案した時や、自ら活動を仕切った時もありました。留学生活を通して内面を良い方向に変えることができたと言えます。

10か月間の留学で早く時が過ぎるのを感じましたが、学業の面でも生活の面でも十分な成果を得られたと思っています。この理由を考えた時に留学当初に目的を持っていたことと現地で生まれた価値観を昇華することができたことがあるのではないかと思います。留学生活で羽目を外しそうになった時はその目的に帰って自己制御することが出来ました。現地で生まれた価値観を生かしたからこそ、現在の充実した学業生活、日常生活につながっています。意志ある所に道は開ける、ということなのでしょう。

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