震災支援の最近のブログ記事

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8月30日から9月5日
の7日間、災害支援サークルVS(バーサス)の第2次熊本部隊が現地から無事帰ってまいりました。
速報で写真を掲載いたします。代表の蒲原さん(環コミ1年)からです。
オレンジビブスは活動拠点RQ災害教育研究会(代表:佐々木豊志 「現代の課題Ⅹ」の先生)です。
報告会は後日開催予定だそうです。(高田)
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              写真:活動の中心となった東牟田地区神社前
8月29日から今日までの活動を終えることが出来ました。本当に皆さんありがとうございました。
熊本ではGWの時以来の思はぬ再会があったり、また新たな出会いもありました。
 今回は主に益城町に入りました。まだまだ痛々しい震災の跡がありました。
もっと多くの人と共有できたらよかったかなとも思いました、、
 これから報告書作成に移ります!もう少し見守っていただけたら幸いです。(蒲原)
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   現地では、本校で今年の4月まで講師をしていただいていた、
   二ノ宮リムさち先生(現東海大)とご一緒させていただいています。
   東海大学は、8月から、大学をあげてボランティアに取り組んでいます。(高田)

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             写真左端 二ノ宮先生、東海大学の皆さんと。


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             写真:宮崎高虎(環コミ1期生)くんの働く美里町のVS本部施設でミーティング
     9月4日は台風の影響のため、拠点先から宿泊施設に泊めさせていただきました。反省会を開き、ボランティア活動は中止しました。(蒲原)

 帰路は台風12号に翻弄されたようですが、なんとか飛行機も飛び、全員無事帰ってきましたので速報で報告いたします。




都留文科大学災害ボランティアチームVS (記録者:VS学生)
※熊本報告書がダウンロードできます!→VS熊本報告書.docx

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             写真:ボランティアの基地となった 美里町元気の森「かじか」にある、元保育所施設
1.はじめに
 都留文科大学の学生6名で構成された災害ボランティアチームVSは、5月の長期休暇を利用して熊本県にて災害ボランティアを行ってまいりましたので、報告いたします。


2.スケジュール
4/29(金)夜~5/1(日)朝  夜行バスにて熊本へ移動
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    写真:大学のテントを都留から5張持ち込んで、ボランティアが寝泊まりするテント村ができました。
       (元気の森「かじか」は廃校になった小学校です。)
5/1(日)~5/7(土)午前中 熊本市内を中心に活動
5/7(日)夜~5/8(日)夜  夜行バスにて東京へ移動、その後各自帰宅

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             写真:帰路、熊本駅にて

3.内容
 初日  1年前に閉館した旅館において、荷物の搬出
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 2日目 美里町及び南阿蘇村にて、農家の支援
   
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      ・南阿蘇村にて、子どもたちへの支援プログラムの運営
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 3日目 美里町にて、農家の支援

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 4日目 ・南阿蘇村において、農家の支援
     ・土鹿野(はしかの)地区にて、家屋等の片付け及びニーズ調査
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             写真:熊本市の南に位置する土鹿野集落は50戸の集落のほとんどに赤紙が貼られている

5日目 ・フットパスのコース内においてコースの確認、及び周辺地域でのニーズ調査
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             写真:美里フットパス協会副会長 伊澤るり子さん。RQ九州のキーパーソン
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      ・土鹿野地区にて、家屋等の片付け及びニーズ調査
 6日目 ・鰐瀬集落の個人宅にて、瓦礫片付けの支援
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             写真:隣の家の敷地に倒れた15mの塀(本瓦の屋根が乗せられている。)
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            写真:チェーンソーで3つに解体する。

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       ・熊本市内の飲食店にて、営業の支援
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             写真:被災した「どんと食え」の再開支援。オーナーとVS学生のかもさん


 7日目 最終日 美里町の個人宅にて、瓦礫片付けの支援
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             写真:」被災後表情を失ったおじいさんにやっと笑顔が戻ってきました。」と、
            依頼者である孫の男性(消防団員)から感謝いただきました。依頼者の自宅は全壊だったそうです。
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             写真:河川敷に作られた瓦礫の臨時堆積場             


4.感想
 参加したメンバーがそれぞれ提出した報告書より、特筆すべき点を次に列挙する。
(1) ニーズを汲み取ることの困難
 現地での活動の中には、具体的な依頼がなくても、集落を回り、出会った住民の方々に暮らしの中でのニーズをお聞きし、手伝えることはその場でお手伝いをするというものもあった。
 
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              写真:毎晩PM6:30に開かれるRQ九州のミーティングで発言する学生

しかし、多くの方々は「うちは大丈夫」と、簡単には依頼をされなかった。原因は様々なものが考えられるが、自分よりもっと大きな被害に遭った方がおられるのだから、自分が支援を受けるのは申し訳ないという遠慮、また、他者の支援を容易には受け入れない、熊本の県民性が主に考えられる。
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      写真:犬2匹を連れては小学校の避難所には入れない                        

しかし、地域によっては、あるお宅の支援が終わると、近隣の別のご家庭から新しく依頼が入ることもあり、具体的な依頼がなかったとしても、そのことによってニーズは存在しないというような判断はできないということがうかがえた。

(2) 中長期的な関係性を構築することの重要性
先程述べたように、被災者の方々からニーズや依頼を引き出すのは容易ではない。しかし、隠れた小さなニーズを聞き出すことによって、本当に必要とされる支援が見えてくるのではないか、という考えのもと、私達は一つの集落を継続して訪れるという方法を取ることにした。ビブスを着て、お話を聞く。手伝えることがあれば手伝う。「また来てくれた」と言ってもらえる。そこから地域のニーズに根差した支援へとつながっていくのではないか、という理念である。残念ながら私達は滞在期間か短く、実現を実際に目にすることはできなかったが、長い目で被災地を支援していくことの重要性を感じた。
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            写真:隣の屋根に落ちて刺さった瓦を取り除く依頼がありましたが断念(写真:高田)

(3)リスクマネジメントについて
 被災地でのボランティアは危険を伴うこともある。それは再び大規模な災害が発生したり、作業中に何らかのトラブルが起こったりするためのものだけではない。リスクとして認識すべきものの具体例としては、アスベストによる被害が挙げられる。
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             写真:アスベストを含むスレート瓦
 アスベストは建築物の耐火材や断熱材などに幅広く使用されていた。吸い込むと、肺がんを発症する危険が高くなるが、数十年という長い潜伏期間があるため、リスクとして認知されにくい。リスクマネジメントとしての学びを普遍化し、次の災害に備えるべきではないか、という意見が交わされた。
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 写真:プロパンガスやさんの自宅の片付けを、家族の皆さんとやりました。娘さんは熊大3年、初等教育の学生でした。

学生の報告書全文ができましたので添付します。






 2011年、5月に結成された災害支援サークル「バーサス」は2年余休眠していましたが、熊本支援のため再結成されました。
代表の比較文化4年の茂木理穂子、バーサス創設者の一人内山歩(現社4年)二人とも釜石や登米で活躍したベテランです。
 本校学生6名に加え、現地で合流する2名と8人で活動します。
 受け入れ先は環コミ1期生の宮崎高虎くんが就職し、管理運営を任されている下益城郡美里町の元気の森かじかです。
 高田が理事を務める全国法人のRQ災害教育研究センター(佐々木豊志代表・本校災害教育講師)が設置した美里町にあるRQ九州ボランティアセンター(フットパス研究所)に合流し、明日から活動を開始する予定です。
4月29日にボランティアの公募を始めました。

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 写真は29日午後7時の富士急。東京より夜行バスで大阪まで。乗り継いで熊本に入ります。

現代の課題 Xのオリエンテーションで、私が阪神淡路大震災を事例に直下型地震の被害と対策について講義した一昨日の夜に新たな震災が起こりました。現地に入ったのが日本福祉大学の山本克彦先生。彼は」災害ボランティア支援プロジェクト(略称:支援P)の一人です。
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 支援Pとは2004年の中越地震の災害支援のために経団連、日本NPOセンター、全国社会福祉協議会、日赤、共同募金などが集まって結成した全国組織です。東日本の大震災の時にはフル稼働して、ボランティアコーディネートの支援と物資の確保をいたしました。そのノウハウはその後も広島土砂災害、常総の水害と引き継がれ、また全国各地の社会福祉協議会でのボランティア体制が確立してまいりました。
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 テレビ報道で、皆さんも見ておられると思いますが宇土市役所は大きな被害を受けていますが、社会福祉協議会はすでにボランティアの受け入れ体制を進めています。
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 本学も九州から来られている学生が多くおられますので、実家が被害にあった学生も出ているかもしれません。
また今後地元に帰ってボランティアに向う方もいるかもしれませんが、余震が続いておりますのでくれぐれも自分の安全は自分しか守れませんので、十分に気をつけてください。また、個人的に動くのは危険ですので、社会福祉協議会の設置したボランティアセンターに登録し、ボランティア保険に加入して、またその指示に従って行動ください。(高田)

追伸:現在宇土市災害ボランティアセンターは市外からのボランティア募集の発信はしていないそうですので、もしも行かれる方は現地情報にご注意ください。多分大量にボランティアが来られるとマッチングコーディネートがパニックになるためです。


  





3日間の釜石ボランティアについて
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1日目は、午前中はほぼ移動で午後に釜石に着いたのですが、三陸ひとつなぎ自然学校の仮設に着いてから寺崎幸季ちゃんのマグネットプロジェクトのお話を聞き、自分たちもマグネット作りに参加させて頂きました。ハートを必ず入れるという条件のみだったので自分のイメージを膨らませながら作りました。
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夜からは釜石の鵜住居地区に住む、震災当時消防団員として震災を経験した前川さんに、震災のお話を聞きました。震災当時のお話はとても生々しく、現実を突きつけられたような気持ちになりました。私たちの知ってることはほんの一部分なのだと痛感しました。
夜ご飯は仮設でみんなで食べました。
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2日目は朝7時半発で牡蠣養殖漁師のけんさんのお手伝いをさせて頂きました。牡蠣の間引き作業をさせて頂いたのですが、牡蠣の間引き作業は大事な作業なので、普通私たちのような一般の人にはやらせない作業なそうです。牡蠣の出来を左右する貴重な体験をさせて頂きました。とても難しかったのですが、この牡蠣が2年後大きく育つように考えながら作業しました。午後からは釜石の街を三陸ひとつなぎ自然学校の伊藤さんに説明を受けながら、車で回りました。寺崎幸季ちゃんの住む仮設にも行き、作ったマグネットを張ってきました。
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とてもカラフルな仮設でした。自分の住む仮設を家と呼びたいという気持ちから生まれたプロジェクトがこんなに大きくなることは、すごいと感じました。仮設が移動するというときもマグネットだと剥がしてまた貼れるというアイディアもすごいと思いました。またどうもカフェという仮設の中のコミュニティカフェにも行き、集まっていたお年寄りのみなさんと釜石高校の野球応援をしたり、とても楽しかったです。こうしたコミュニティ施設が増えると、仮設ももっと住みやすくなるのかなと感じました。寺崎幸季ちゃんが次の日からマイプロジェクトの全国大会だということで、プレゼンの練習を聞くことができました。高校生で、ここまで堂々と一人一人に目を配って話せるのはすごいと思いました。また幸季ちゃんの釜石への強い思いがすごく伝わってきました。夜はけんさんが牡蠣やホタテ、ほやを届けてくれて、みんなでわいわいと過ごしました。
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最終日はまた朝7時半に仮設を出て、けんさんの牡蠣の間引き作業をお手伝いさせて頂きました。前の日よりも牡蠣の種が複雑に付いていて難しく感じました。けんさんはとても明るい人で楽しく作業が出来ました。お昼はミッフィーカフェでジョイさんとあっきーさんと一緒に食べました。その後お二人が釜石駅まで送ってくれて、電車で帰路につきました。
今回高田先生に紹介して頂いて、さんつなのボランティアに参加して、今まで知らなかった釜石のこともたくさんしれたし、貴重な体験をたくさんでき、貴重なお話もたくさん聞けました。さんつなでは他にもたくさんのボランティアや、イベントをしているそうなので、来月あたりまた伺いたいなと考えています。とても有意義な三日間でした。(高橋)



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