新入生諸君おめでとうございます。
また今日まで皆さん方を手塩にかけて育ててこられたご父兄の皆様、本当におめでとうございます。都留文科大学および都留市をあげて皆さんのご入学を歓迎いたします。
ご案内のことと思いますが、都留文科大学は昨年市立の大学から公立大学法人に変わりました。より時代にマッチした自由な制度改革をして、皆さん方のご希望に添えるような大学運営を進めていきたいと思っております。
皆さん方は、初めて巣立たれてこのまちへお出でになり、多くの方が一人で生活するようになると思います。大変心細く心配な面もあろうかと思いますが、大学は皆さん方の心配ごとに対して十分に応えられるよう準備をいたしておりますので、何かあったらいつでも相談に来てください。お待ちしております。
これから皆さん方はこの大学で学問を学んでいただきます。その中で一番大切なことは、やはり幅広い教養と専門知識を得ていただくことです。この4年間で今までの高校生からいかに大きく変わっていくか、ちょうどさなぎが蝶々になるようなそんな人生の変革期になると思います。
そしてもう一つ、この4年間の間に心の友を作っていただきたい。人生の中で本当の意味での友達、これは大変大事なものだと思います。いずれにせよのびのびと自由な大学生活を謳歌してください。また、自らの目線を高くあげて目標に向かい、常に正しい姿勢で進んで行っていただきたいと思います。
厳しい入学試験を勝ち抜いて、見事合格を果たした新入生諸君、入学おめでとうございます。ご家族の皆様もさぞかしお喜びのことと心からお祝いを申し上げます。また本日は、都留市長をはじめ、ご来賓の方々には、お忙しい中わざわざのご臨席を賜りまして誠にありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。多くの方々の列席のもとに、本学の若い構成員を迎えることが出来ることを、心から嬉しく思います。
本学は1953年(昭和28年)に県立の臨時教員養成所を前身にスタートし、すでに60年近くにもなる公立大学であります。各府県に置かれていた臨時教員養成所は、所期の目的を達して次々と廃止されましたが、山梨県都留郡に置かれたこの養成所のみは、有志の努力で廃止されることなく、1955年(昭和30年)短期大学として存続し、次いで1960年(昭和35年)都留市立の4年制大学として生き残ることになりました。山梨県の県都でもない都留郡の谷村という小さな町に公立大学が誕生したことについては、この地が甲斐絹の名産地として比較てき豊かで、住民に進取の気風があったことが考えられます。初代の学長は『大漢和辞典』の編纂で著名だった諸橋轍次先生です。
発足時の構成は文学部1学部で初等教育学科と国文学科の2学科、入学定員はわずか50人というささやかな規模でしたが、50年後の現在、学生数は3千人を超えており、初等教育学科・国文学科・英文学科・社会学科・比較文化学科の5学科を擁し、その発展を顧みますと、誠に感慨無量のものがあります。しかし、何しろ人口わずか3万人の小都市が大学を経営するのですから、財政的には困難を余儀なくされ、当初は市内にある東京電力の谷村発電所の固定資産税を大学の経費に充て、何とかやりくりしていたと聞いています。多少とも大学の財政が安定化してきたのは、昭和43年度(1968年)から、自治省の地方交付税が大学分として交付されるようになって以降であります。
しかし、当時に於いても、市の一般会計の2割近くが大学への繰出しであり「大学運営が市財政を圧迫している」との発言が、しばしば市側から発せられていました。このような状況下で、いわゆる学園紛争も厳しさを迎え、都留市は大学を持て余し気味となり、1969年(昭和44年)には教授会に於いて大学の県立移管の促進を決議しており、さらに1972年(47年)には、市議会が大学の国立移管を要望する決議をおこなっております。また紛争が一段落しますと、全国の自治体に大学経営ブームが起り、わずか人口3万人の小都市が大学を直営しているとあって、地方公共団体の視察が本学に集中したこともあります。要するに、この大学が不思議がられ、羨ましがられた時代もあるということです。
本学の建学の精神は「青莪育才」であると諸橋初代学長によって定められています。中国の古典『詩経』から採られた成句でヨモギが青々と茂るように、若い才能を育成することを楽しむ、という意味です。それに関連して、私から新入生の皆様に申し上げたいことがあります。大学入学後、漫然と大学生活を送ってしまうと、4年間はアッという間に過ぎてしまいます。皆さんには、4年間で将来の生活設計を立てるのだ、という気構えで、充実した日々を過ごしていただきたいと思います。本学は、その前身・母体である臨時教員養成所以来、初等教育への道筋というのが大きな柱となっています。また公務員養成も伝統があり、この2つの柱に関しては本学では大きな自信を持っております。
民間への就職については、時代的背景もあり厳しいものがあります。支援体制の拡充も不可欠です。と同時に個々人の意識がさらに重要です。新入生の皆さんに、申し上げるのは気がひけますが、社会にでれば、何としても働いて自立するのだ、という意識をはっきり自覚していただきたい。時代は若い力に期待しています。若い人々が担い手にならなければこの国は衰退するしかありません。
希望に胸をふくらませている方々に、学長として不粋なことを申し上げたかも知れませんが、今後の4年間は、皆さんの人生にとって貴重な時間となることでしょう。読書や学問にしても、スポーツや芸術活動にしても、精一杯の力を注いでいただきたいと願っています。
この都留文科大学は、皆さんの未知の世界・未踏の分野への努力を、後方から支援することを約束致します。厳しい時代であるからこそ、皆さんの若い力を以て当面する、この困難な状況を切り開くことが重要だと存じます。それぞれの関心を抱いて、積極的に勉学や趣味を楽しみ、また友人をつくる等、頑張っていただきたい。本日は、入学おめでとうございます。
本日、晴れて平成22年度都留文科大学入学式に出席されました新入生の皆様に、心からお祝いを申し上げますとともに、これからこの地域社会の一員となる皆様を市民とともに歓迎申し上げます。
また、今日まで慈愛の心をもって、皆さんを励まし、支えてこられた御両親、御家族のお喜びも、ひとしおのこととお察しいたし、心からお祝い申し上げます。
新しい土地で新しい同窓に囲まれ新たな出発をする皆様の胸中には、入学の喜びとともに、それぞれ自分なりの夢と決意を持って始まる大学生活への期待や不安などが渦巻いていることと思います。
本学を擁する都留市は、周囲を日本「新・花の百名山」に選ばれた三ツ峠山、二十六夜山など、それぞれ個性あふれる山々に囲まれ、白雪を頂く芙蓉峰を遠く南西に望む、豊かな緑と平成の名水百選に選ばれた十日市場夏狩湧水群を始めとする清らかな水の溢れる素晴らしい自然環境に恵まれた、城下町の面影を残す人々のホスピタリティあふれた小都市であります。
本市の城下町としての歴史は、遠く16世紀中頃から始まり、小山田氏によって治められた後、江戸時代に入り、鳥居氏、秋元氏が居城した城下町としてめざましい発展を遂げ、富士東部地域の政治、経済、文化、学術の中心地として栄えて参りました。
また、夢の交通システムとして注目を集め、2025年の実用化に向けた試験走行が続けられているリニアモーターカー実験線の拠点基地があることでも世界的に知られております。
本学は、1953年(昭和28年)に設立された山梨県立臨時教員養成所を嚆矢として、1955年(昭和30年)には市立都留短期大学となり、1960年(昭和35年)、4年制の都留文科大学として誕生し、半世紀を優に越える歴史を刻んでまいりました。
この間、小都市の公立大学経営は、激しい時代の変遷の中、幾多の困難に直面してまいりましたが、文科「人の営みの研究」という深遠で根源をなす領域で、個性的な教育理念を確立し、熱い情熱と高い学識を持って指導にあたられる教授陣、そして、その期待に応え真剣、真摯に自主自律的に学ぶ学生、さらに、江戸天保年間に谷村興譲館を設け、一般子弟の教育をしたという教育尊重の伝統を有する歴史風土をもち、地域の大学を愛し、誇りに思う市民の支援とが協働し、今日、「山梨に一星 (一つの星)あり、小なれどもその輝光(ひかり)強し」と謳われる本学を育み、幾多の優れた人材を世に送り出してまいりました。
本市では、これまで培ってきた城下町としての個性豊かな歴史や伝統、情緒に、大学を中心とする現代の文化を加えることにより、新たな学術、芸術、文化の融合した知的風土を醸し出す地域社会を創造することを目指しております。
このような観点から、都留文科大学の充実発展は、「教育首都」を目指す本市にとって、欠かすことのできない重要課題であり、我が国の急激な少子化の進行や知識基盤社会への移行、また競争的市場原理の導入等により、大学を取巻く環境が歴史的な転換期を迎える中、昨年4月1日からは公立大学法人に移行し、中長期的・総合的視野に立ち、本学の果たすべき役割や進むべき方向を見据えた、学生を主人公とした戦略的で自主自律的な改革を進めていただいております。本市といたしても、大学に対し、引き続き可能な限りの支援を行ってまいりますので、すべての関係者の一丸となったアジリティな取り組みを期待するものであります。
さて、本日から皆様は、人類が長い間の実践と思索から歴史的に積み上げてきた膨大な知識や技術のエキスを学ぶことになりますが、大学での学びはこれまで皆様が受けてきた学校の先生が教えてくれたことを覚えたり、教科書に書かれたことを正確に理解することに主眼がおかれていた教育とは異なり、講義や書物からの知識や学説であっても、それが構築された思索プロセスを考え、疑問を持ち、問いかけ、自分でテーマや問題を見つけ、自分で思考し、結論を導くという主体的な姿勢が求められます。大学は知識の記憶と再生だけを学ぶところではなく知識を組み合わせ、結びつけ大局的に俯瞰し新たなものを生み出す創造的な学び方や考え方を教えるところであります。
また、この時期は、皆様の人生の中で一番時間が自由にコントロールのできるときであり、学業を中心にしたさまざまな有意義なことに全力で取り組めば、能力や考える力が大きく伸びる時期であります。人間は二度と同じ時を生きることができないという自明の理の下に、一日一生の思いを持って充実した生活を送ってほしいと思います。
もう一つ、皆様はこれから大学の内外において異なる個性、異なる思考パターン、異なる価値観をもった人々との刺激的な出会いに遭遇することになります。そうした差異のある相手に皆様が身につけた知識を伝え、受け取り互いに論じ合い、知識に生命を与え十分に活用するためにはコミュニケーション能力を高めることが求められます。
そして、それは単なるテクニックやスキルを身につけることではなく、マザーテレサの言葉を借りれば、「相手のことを理解し、多様性を認め相手に与えることのできる人間としての成熟度を高める」ことではないでしょうか。
皆様、一人ひとりに、仏性ともいうべき、自分に与えられた個性や能力、そして人生における役割や使命が必ずあるはずです。容易なことではありませんが、これからの生活の中で、そうした人生の夢や目標を自らの努力でみつけ出し、真心を尽くしオリジナリティーあるかけがいのない人生を送られることを期待いたします。
今日から、私たち市民も皆様との出会いを大切に、皆様が、ここ都留の地で青春の意義ある日々を送られたことを将来誇りを持って思い出すことが出来るよう、一緒に努力していきたいと考えております。
皆さんが今日の緊張と意気込みと謙虚さを忘れず、若人らしく、健康で明るく、おおらかに、互いに他を慈しみ、日々明日に夢をつなぎ得るような大学生活を築かれることを心より願い、祝辞といたします。