最終講義は大学教員にとって意義深いものである。長年にわたり取り組んできた教育・研究・学務等の総決算であり、ふだんの講義とは違う。文字通り最終の講義である。つい欲張り、過剰な話題を入れ込むのも人情であろう。
最終講義は、教員の自由意志により授業外に開かれるため、期末試験が終わる2月から3月にかけて行われることが多い。私の最終講義は10年前の2002年、横浜市立大学で学長任期が終わる4月に設定した。アジア近代史を担当する教員としての講義と、4年間にわたる学長時代の総括を重ねたため、とても聞きづらかったに違いない。
2月8日(水曜)、英文学科の窪田憲子教授による最終講義「ヴァージニア・ウルフの<革新>と<伝統>」があった。淡い色刷りのチラシが早くから配られていた。直前の会議が大幅にずれこんだため、残り時間は10分ほどしかない。後部の扉からそっと会場に入る。ちょうどウルフの日本への関心を語る終盤だった。
知らない分野への予備知識を得るために、私もウィキペディア等を使う。匿名記事で出典がないため、誤解も混じるので注意しなければならないが、Virginia (Adeline) Woolf(1882年~1941年)はイギリスの女性小説家、評論家、書籍の出版元であり、20世紀モダニズム文学の主要作家の一人とされる。小説には、『船出』(1915年)、『ダロウェイ夫人』(1925年)、『灯台へ』(1927年)、『波』(1931年)等がある。
また「ウルフは英文学における重要な革新者のひとりとされ、実験的な手法を用い、特に意識の流れ手法で登場人物たちの心理を深く掘り下げ高い評価を得た」ともあり、最終講義の標題の<革新>はこの意味に違いないと見当をつけ、それに対応する<伝統>とは何かに私は関心の焦点を絞った。
ウィキペディアは、彼女の作家としての出発が1900年にタイムズ・リテラリー・サプルメント(タイムズ文芸付録)に載せたブロンテ一家の故郷ハワースについての記事であるとしているが、窪田さんのご教示により、これは誤解であり、正しくは1904年12月21日の『ガーディアン』紙掲載と判明した。
窪田さんの翻訳によるマイケル・ウィットワ―ス『時代のなかの作家たち2 ヴァージニア・ウルフ』(2011年 彩流社)を去年夏、頂戴しており、おおまかにウルフ像を描いてはいた。
ウィットワ―スは「文化研究的アプローチ」を用いて、「ヴァージニア・ウルフの生涯」に始まり、「社会のしくみ-国家とアイデンティティ」、「文学の状況」、「哲学の諸問題」、「社会、個人、選択」、「科学と医学のコンテクスト」、「ウルフを再コンテクスト化する」と展開する。いわゆる文学論とは違い、私の専門の歴史学(とくに文化史)にやや近い印象を受けた。
窪田さんがアーサー・ウェイリーの源氏物語の英訳(全6巻 1921年~33年刊)に言及された最後の部分には間に合い、私も聞くことができた。1000年も前に誕生した源氏物語を読んだときのウルフの驚きと、その作品に及ぼした影響には、私も強い関心がある。

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